洞窟

解説:左美都研究会、水澤井縄 

 《洞窟》は、津田が定義する〈単位世界〉を示す。

 〈単位世界〉とは、世界が唯一・単一ではなく、重層的で断片的、かつ並存する複数の現実や感覚のもつれから構成されるという理解に基づき、その中のあるまとまった現象群の場である。

 「洞窟」は、考古学的にも人類の起源的居住空間とされる。旧石器時代から人は自然洞窟に身を寄せ、天候や外敵から身を守り、火の使用や壁画の制作といった文化的行為の舞台とした。さらに新石器時代には、自然洞窟の構造を模倣したといってよい竪穴住居や地下式施設が出現し、それは建築的・文化的記憶として人類の居住形態に刻み込まれていったと考えられる。

 「洞窟」は単なる物理的空間ではなく、記憶の器、象徴的な胎内、あるいは視覚化された他界的空間といった意味を担ってきた。作家はこのアーキタイプ的形象を援用し、現代における「私的な記憶」「身体的な経験」「知覚される空間」の交錯する場とする。「洞窟」という比喩は、私たちが共有する原初的な空間記憶が、現在の文脈において再構築しうる造形的実践との結節点(node)を成すことをあらわしている。


個別の作品解説



朝焼け

2021

97 × 162 cm

油彩・キャンバス

Oil on canvas

「朝焼け」の作品解説

左美都研究会、水澤井縄

夜明けの空を彩る壮大な光景を、津田独自の感性で抽象的に表現したものです。画面上部には、燃えるような赤、暖かなオレンジ、そして淡い黄色が複雑に混じり合い、刻一刻と変化する朝焼けの空の色を想起させます。その色彩は単調ではなく、まるで空にたなびく雲や光の帯のように、有機的なうねりを伴って横たわっています。

画面の中央部から下部にかけては、澄んだ白から鮮やかな水色、そして深いターコイズブルーへとグラデーションが展開しており、これは水平線から昇る太陽の光が、やがて来る日中の青空へと移ろいゆく様、あるいは朝焼けに照らされる水面や雲海の情景を描いているかのようです。特に、白く波打つようなラインは、光を反射する雲の層や、あるいは静かに息づく大地、あるいは海の広がりをも示唆しているように見えます。

津田の作品に共通して見られる、具象的な形にとらわれない流動的な表現は、この「朝焼け」においても遺憾なく発揮されています。彼は、対象の本質を捉えようとしています。朝焼けという一瞬の、しかし力強い自然現象が持つ感動や、光と色彩が織りなす神秘性を、見る者それぞれの風景として喚起させることに成功しています。